今日はちょっとマジメに考えたよ。戦争と武蔵小山と、これからと「まち文庫」

スクリーンショット 2014-08-09 18.16.00

NHKデジタルアーカイブスに、こんな番組のアーカイブがあります。
[証言記録 市民たちの戦争]強いられた転業 東京開拓団 ~東京・武蔵小山~
http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001220026_00000

昭和20年8月9日、ソ連軍が満州国に侵攻し、1週間後に満州の麻畑で開拓団の女性や子どもを中心に、300人もの人々が集団自決をされたそうです。

この麻畑で無念の死を遂げたのは、武蔵小山商店街の人々でした。戦前の武蔵小山商店街も、東京の山の手でも五本の指に入るほど賑わっていた商店街でした。しかし、戦争が長期化。軍需産業が優先となり、一般の商店は経営ができなくなり、追い詰められ、次第に廃業を余儀なくされていったのです。

そこで、商店主たちは満州への移住を決意しました。農業を経験したことのない、街の子がほとんどだった商店主たちでしたが、家族を連れて満州へと旅だったのです。その数、実に1039人。そして戦後、日本へ帰ることができたのは、わずか80人だったと言われています。

こんなことが戦時中にあったということ。それをわたしたち武蔵小山の住人は、知らずに生活しています。そして、こうした戦前戦後のエピソードを知る方々も、どんどん少なくなっています。戦争の苦労だけではありません、戦後の復興の時期に武蔵小山に移り住んで、必死に商売を立ち上げた方々が、どんな苦労をされたのか。またふたたび、現在のように活気のある商店街にするために、どんな人生を歩んでいらっしゃったのか。そうした近代史は、意外なくらい残っていません。ネットで検索しても出てこない。

まもなく、駅前の再開発が工事が始まります。

ムサコ名物暗黒街の飲み屋街は消え、商店街の1/8程度を含めた、大規模な再開発。

武蔵小山はまた変化の時を迎えようとしています。

この再開発でもしかしたら、長年の商売をたたむ方もいらっしゃるかも。

そうしたら、その方のお話は、永遠に失われてしまう。

武蔵小山を作ってきた「時間」は、永遠に過去のものとなって、記憶から消えてしまいます。

そこで、武蔵小山新聞の連載もしている地域誌「ココカラ」が、ひとつのプロジェクトを立ち上げました。

それは、街で長年商売を営んできた方や、商店街や町内会の運営に尽力してきた方、戦前戦後の激動の時代に子どもを育て上げ、家族を守ってきた方など、身近にいるスゴイ人「プチ偉人」たちの偉人伝の出版プロジェクトです。

あ、この写真はあそこね、平和通りね。

最初のプロジェクトのスタート地は、われらの武蔵小山。

子どもたちでも読めるやさしい文体で書いたプチ偉人伝で「武蔵小山文庫」を作りたいというプロジェクト。

https://readyfor.jp/projects/machi-bunko

ReadyForというクラウドファンディングでスタートしてます。が、まだまだ全然実現まで遠い道のり。

要するに、お金が集まってないんですね。あいたた。

で、少しずつでもいいので、協力してもらえたらうれしいなーなんて。

プロジェクトはこちらです。

https://readyfor.jp/projects/machi-bunko

これ実現できたらいいよね〜。

NHKデジタルアーカイブスに、こんな番組のアーカイブがあります。

[証言記録 市民たちの戦争]強いられた転業 東京開拓団 ~東京・武蔵小山~

http://cgi2.nhk.or.jp/shogenarchives/bangumi/movie.cgi?das_id=D0001220026_00000

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